「バッグか、脂肪か」で迷う人は多いのですが、二つは増やせる量も、起こりうる合併症も、10年後の姿も違います。仕上がりの好みで選ぶより、リスクの種類が違う二択だと捉えると判断しやすくなります。
まず全体像です。シリコンインプラントは一定量を確実に足せる代わりに、体内に人工物が残ることに由来する合併症——被膜拘縮・破損・まれな免疫関連疾患——を生涯にわたって管理していく前提になります。脂肪注入は自分の組織なので人工物由来のリスクは負いませんが、入れた脂肪の一部は必ず吸収されるため、増やせる量が限られ、定着の予測が難しいという弱点があります。
シリコン側で管理するもの
インプラント最大の合併症は被膜拘縮です。人工物を包む線維性の膜が縮んで硬くなる現象で、Aesthetic Plastic Surgery 誌のレビューでも「最も頻度の高い合併症」と位置づけられています[6]。ただし発生率は手技で大きく変わります。Adams らが42,000例超で報告した14ステップの細菌汚染最小化プロトコル(通称 Adams 14-point plan)を守った群では、平均被膜拘縮率は2.2%まで下がりました[1]。感染とバイオフィルム形成を抑えることが、そのまま拘縮予防につながるという考え方です。
見落とされがちなのが放射線照射との相性です。日本形成外科学会のガイドラインでは、感染・露出・高度被膜拘縮といった合併症の発生率が、非照射群の8〜11%に対し照射群では24〜42%へと有意に上がると示されています[4]。乳がん治療後の再建などで照射歴がある場合、インプラント単独の判断は慎重になります。まれな疾患としては、テクスチャード(表面加工)インプラントに関連する BIA-ALCL があり、Elameen らのメタ解析ではリスクは1000例あたり0〜1例、一般人口比では約28.9倍と報告されています[5]。頻度は低いものの、Cordeiro らの3546例の長期コホート[8]を含め、定期的な経過観察の根拠になっています。
脂肪注入側で管理するもの
脂肪注入に人工物のリスクはありません。代わりに向き合うのが吸収です。入れた脂肪はすべてが残るわけではなく、Seth らの系統的レビュー(820乳房)では平均293ccを注入して1年後の残存は平均58.6%でした[7]。つまり一度に大きく増やすのは難しく、ワンサイズ前後の変化が現実的な範囲です。定着を高める工夫は次章(第5話)で詳しく扱いますが、豊胸術としてどちらを選ぶかは「確実な増大量と人工物リスクを取るか」「自分の組織の自然さと吸収リスクを取るか」という、性質の違う二択だと理解しておくのが出発点になります。詳しい適応は診察でお伝えします。
- 1Adams WP, Culbertson EJ, Deva AK, et al. Macrotextured Breast Implants with Defined Steps to Minimize Bacterial Contamination. Plast Reconstr Surg. 2017. doi:10.1097/prs.0000000000003575
- 2Boyd CJ, Chiodo MV, Lisiecki J, et al. Systematic Review of Capsular Contracture Management following Breast Augmentation. Plast Reconstr Surg. 2024. doi:10.1097/PRS.0000000000010358
- 3Cordeiro PG, Ghione P, Ni A, et al. Risk of breast implant associated anaplastic large cell lymphoma (BIA-ALCL) in a cohort of 3546 women. J Plast Reconstr Aesthet Surg. 2020. doi:10.1016/j.bjps.2019.11.064
- 4日本形成外科学会. 形成外科診療ガイドライン(乳房再建). 2021.
- 5Elameen AM, AlMarakby MA, et al. The Risk of Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma: Systematic Review and Meta-analysis. Aesthetic Plast Surg. 2024. doi:10.1007/s00266-024-03956-9
- 6Clemens MW, Myckatyn TM, et al. American Association of Plastic Surgeons Consensus on Breast Implant-Associated Lymphoma. Plast Reconstr Surg. 2024. doi:10.1097/PRS.0000000000011370
- 7Seth AK, et al. Systematic review, fat grafting in breast reconstruction (820 breasts). Plast Reconstr Surg. Vol.153. retention 58.59%
- 8Ørholt M, Weltz TK, Hemmingsen MN, et al. Long-Term Volume Retention of Breast Augmentation with Fat Grafting. Plast Reconstr Surg. 2025. doi:10.1097/prs.0000000000011841